たたん、たたん。たたん、たたん。
列車は揺れて。
たたん、たたん。たたん、たたん。
向かいの座席であなたは眠る。
列車の揺れるその音は、胎内で聞いた母親の、鼓動の音に似ていると、いつかどこかで耳にした。
赤いコートに身を包んで、眠るあなたの穏やかな寝息。
車内のスチームが効いているのか、それとも今日はずいぶんと日差しがやわらかに降り注いでいるからか、眠るあなたのやわらかそうなまるい頬は、少し上気して幸せそうなばら色。
たたん、たたん。たたん、たたん。
車窓の外、流れる景色は冬のもの。
だけれど、そこに降り注ぐ、日の光はやわらかく。
今、世界は少しだけ、やさしく穏やかな表情を見せている。
収穫の終わってしまった畑の中には、束ねられた干草の乾いた黄色。
日溜りの中で猫が眠っているのがふと見えて、ふふ、と思わず笑み声を僕は漏らした。
小春日和というのだったか、こんなやさしく穏やかな日は。
日はあたたかに 風もなく
そんな詩の歌があった。
何だったっけ、この歌は。
王様の。ああ、そうだ。王様の馬の。
王様の馬の 頸の鈴 ちんからかんと 鳴りわたる
日はあたたかに 風もなく 七つの峠が 晴れわたる
「ん………」
かすかな声を立てて、あなたがうっすら目を開いた。
「アル………」
「あ。兄さんごめんね。起こしちゃった?」
ぼんやりとした瞳のままで、あなたはゆるく頭を振った。
「ん……いや………。何だったっけ、それ………」
「えーとね。『王様の馬』……?『鈴の音』だったかも。うるさかったかな、ごめんね」
あなたは、まだぼうやりとした瞳のままで、不思議そうに首をかしげた。
「ん……?いや……、気持ちよくて……。もっと唄って」
「え?」
日溜りでまどろむ猫のように、幸せそうにあなたは笑んで、眠たそうに呟いた。
「オレ、おまえの声、好き」
たたん、たたん。たたん、たたん。
列車は揺れる。
幸せそうな笑みのまま、あなたは再び目を閉じて、穏やかなくちびるから幸せそうな吐息をひとつ。
僕はそっと手を伸ばして、あなたの金の髪の毛を、やさしくやさしく撫でてみた。
くすぐったそうに声を漏らして、幸せそうな笑みをあなたはこぼした。
おうさまのうまの くびのすず ちんからかんと なりわたる
ひはあたたかに かぜもなく ななつのとうげが はれわたる……………
子守唄のようにやさしく唄う。
何度も何度も。
この歌を一番しか僕は知らない。
だからこの一番だけを、何度も何度も。
あなたは穏やかな笑みを浮かべ、すこやかに眠る。
日溜りで眠る猫のように、幸せそうにあなたは眠る。
やわらかさも、ぬくもりも、あなたが、あなたの心が享受してくれれば、それは僕にも届くのだ。
ねえ、兄さん、あなたはそれを知っているかな。
たたん、たたん。たたん、たたん。
列車は揺れて。
たたん、たたん。たたん、たたん。
向かいの座席で眠るあなたの、頬は、ばら色。
※作中引用詩は、西條八十の『鈴の音』(唱歌『王様の馬』)
2006.11.16 / 2007.07.25 望月 @ 『望月堂』
【冬日向】
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