飼い主母さんが立ち上がる。
廊下をひたひた歩いて、とある部屋の引き戸を開けて、中に入る。
エドにゃとアルにゃは廊下をトテトテと歩いて飼い主母さんの後ろをついてゆく。
母さんががらりと戸を開けてこの家で一番狭い部屋に入り、中から鍵を掛けるのを確認すると、2匹は廊下に座って、母さんがこの狭い部屋から出てくるのを待った。
じゃー、っていう音がして鍵を外す音が聞こえると、引き戸が開いて母さんが出てくる。だから2匹はいつも「じゃー」っていう音と、鍵の「ガチャリ」という音が聞こえるまで、引き戸を見上げて、いつまでもいつまでも、じっと待っているのだった。
「兄にゃ! 母さんが居ないにゃ!」
手の甲を舐め、顔や額をゴシゴシ擦って耳をピョコピョコさせていた兄にゃんのところにアルにゃがやってきた。
言われて見てみると、さっきまで同じ居間で座っていた飼い主母さんの姿がない。
二階に行ってみたけど、寝室には居なかった。一階に戻って、他の部屋や台所を探す。でもやっぱり母さんの姿はない。
2匹は推理する。
さっきスーパーから戻ってきたばっかりだから、買い物ではない。ご近所さんに回覧板でも届けに行ったのだろうか? いやでも玄関を開けるあの大きな音を2匹とも聞いていない。となるとまだこの家の中にいるはずだ。
「わかった。たぶん、あそこにゃ」
アルにゃも「僕もそう思うにゃ」と頷く。
あの小さい部屋。いつも人間が一人で入ってしまう、じゃーって音がする部屋。人間が入るときはにゃんこ兄弟を中に入れてくれない、ラベンダーの香りという「ほうこうざい」の匂いがする部屋。
2匹はトテトテと廊下を歩いて、その部屋の引き戸の前に来る。
戸の引き手のところの上についている青いのが、赤くなっている。きっと中に誰か居る。
2匹はにゃーにゃー鳴いた。何回も鳴いた。とにかく鳴いた。
でも戸の向こう側は、しーんとしている。
「アルにゃ、もっと鳴くにゃ」
2匹そろってにゃーにゃーにゃーにゃー鳴いた。爪を立てて、戸をガリガリした。開けて、とガリガリにゃーにゃーした。
「うるさーい!」
ガチャリと音がして、引き戸が開けられる。イスみたいなのに座っている飼い主母さんは、するりと中に入ってきた二匹を怒った。
「ここは究極のプライベートタイムを過ごす場所なの! トイレくらいゆっくり入らせろ! なんでいっつもくっついてくんのよっ」
ドコまでもついていくにゃ、と2匹は鳴く。
別に母さんがどこにいても平気だし気にならないが、この部屋だけは違う。気になる。だって台所や居間に居るときは母さんの姿を見ようと思えば見れるのに、この部屋だけは見れない。すぐそこにいるのに、母さんの姿が完全に消えてしまうのだ。
「いつもは何処にいても知らん顔してるくせに。一番ついて来て欲しくない所についてくるんだから」
飼い主母さんは、ぶつぶつ文句を言う。でもその顔は、しょうがないなぁと言ってるような、ちょっとだけ嬉しそうな顔だった。
「とにかくトイレにだけはついて来ないでよ」
イヤにゃ、と2匹は声をそろえて、ぐるると鳴いた。
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