頭からシャワーを浴びながら、自分の躰を伝って排水溝に流れていく水をぼんやり眺めていた。
別に何かを考えていたわけではない。ただ目を離し難くて見ていただけだ。
キュ、という音がして水流が止まる。
顔を上げると、軍服姿のままのブレダがシャワーのコックを捻って、溜息をついていた。
「唇が紫色になるまで浴びてんじゃねーよ」
しかも水かよ、と眉を顰める。
「ああ、やべえ。ぼーっとしてた。すっきりしようと思ってたのに」
「ぼーっとしてたじゃねえよ。何してたんだ」
「何って、シャワー室でやるこた決まってんだろ。シャワー浴びてたんだよ」
ブレダは仕切りに掛けてあったタオルを掴むと、さっさと服着ろ、と乱暴にエドワードに押し付けた。
「昨日も家に帰らなかったんだな」
「だって家に帰ってもすることねえし」
「そうじゃなくて、おまえ、ちゃんと寝てんのか?」
寝てる、とエドワードは嘘をつく。
「メシは?」
「食ってるよ」
「そのわりには、ちょっとやつれたみたいだな」
「ダイエットしてんだ」
「今日も自宅待機はしないんだろ?」
「あー、そのことなんだけど。オレ、山に行ってくるわ。アルが訓練に行った山。麓に対策本部あるんだろ? そこに行ってくる」
「……探すつもりか」
「まあな。ただじっと待ってんのは、やっぱオレの性に合わねえ」
脱衣所に移動して服を着ながら、後を付いてきたブレダにそういえば、と聞く。
「よくオレがここにいるの分かったな。誰かから聞いた?」
「ああ。早くおまえに教えてやろうと思って探してたんだ」
エドワードのボタンを留める手が止まる。
「アル? 見つかったのか?」
「いや。ただ落ちたらしい崖下に野営の跡が見つかったそうだ」
ほんとうに? と自分を見上げる金色の目が相変わらず充血しているのを痛々しく思いながら、ブレダは頷いた。
「樹にナイフで印をつけながら移動している。 もうすぐ見つかる」
エドワードはボタンを全部留めるのももどかしく上着を引っ掴むと、ありがとうとブレダの二の腕を掴んで礼を言い、脱衣所を勢いよく走り出た。
「やれやれだな。………これであいつもようやく寝れんだろ」
軍の車で一時間半、麓の対策本部に着いたときには、すでに人が少なく、残っていた者は慌しく連絡を取り合っていた。
見つかったらしい、という言葉を耳が拾って、エドワードはとにかく人が集まっていく場所へと走っていく。
人だかりは待機させていたらしい2台の救護車の周辺に出来ていて、近寄ることが出来ない。
見つかったのかそうでないのか。
もどかしくしていると、そっと運べ、という声が漏れ聞こえてきた。
なあ、とすぐ傍にいた長身の男の腕を引く。
「担架か? 誰か怪我してんのか?」
「ああ、教官だよ。あと女性隊員。歩くことが出来ないらしいな」
「他には? あと2人いただろ」
「小隊長と兵卒か? ああ、ほら。いま救護車に乗せられる」
金色の髪が見えた。ステップに足を乗せて救護車に乗り込むところだ。
「アル!」
金色の髪がこちらを振り返る。
しかし視線を合わせる前に後ろの救護隊員に背中を押され、車内へ消えていった。
「アル……!」
声は届かず、ドアが閉じられると、車は病院へと走り出す。
救護車が舞い上げる砂煙を見送ったエドワードは、踵を返すと自分が乗ってきた軍の車へと走った。
「え? 会えない?」
病院に駆け込んで面会を求めたが、対応に出た看護師に、にべもなく断られた。
「なんでだよ。オレあいつの兄貴だぞ?」
「いま、大事な検査をしているんです。ご家族といえど面会は出来ません」
「姿を確認するだけでいいんだよ。無事なのを確かめたいんだ」
「検査を終えないうちは無理です」
「………じゃあその検査ってのは、いつ終わるんだ」
「私では分かりかねます。今日一日掛かるかもしれませんし」
「その後だったら、会える?」
「軍の事情聴取があるそうです」
強い落胆が全身を支配する。
わかったよ、もういい、と息を吐き出して、エドワードは中央司令部へと帰った。
「アルには会えたか? 無事見つかったそうじゃねえか」
いや、と言ってロッカーに入れていた溜まった洗濯物をバックに詰め込み、エドワードは帰る用意をする。
ブレダは眉を顰めた。
「なんだよ、全然会えなかったのか?」
「髪の毛だけ、ちらっと見えた」
「髪の毛だけ? なんだそりゃ」
「オレ、家に帰るから」
「なに? おい、エド」
扉を閉めて鍵をかけ、肩から荷物を下げてロッカー室を出て行こうとするエドワードの腕をブレダは掴んだ。
「ちょっと待て。帰るって……待たないのか? 病院から中央司令部に送られてくるんだろ?」
「いくら待ってても今日は会えない。病院から戻ってきても取調べがあるんだとさ。だったらオレは家で待つ」
「でも早く会いたいだろ?」
「………いいんだ。じゃあな。いろいろありがとう」
「え? おい」
会えないのなら、いっそ傍に居たくないと思った。
手を伸ばせば届きそうな距離なのに届かないのは辛い。たとえ物理的な距離でも、縮められない距離を感じるのは辛かった。
だったらすぐに会えなくても、絶対に帰ってくる場所で待っていたほうがマシだ。
あれだけ帰るのが怖かった家へ、今なら帰れるような気もした。
家でなら、誰にも邪魔されない。
自分だけの元へ帰ってくるアルフォンスを待つ。
あの、アルフォンスの気配に満ちた場所で。
感じる気配 4
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