叶わない願いを願う 2 |
料理するための食材を色々出しながら、キッチンに一人立って今日の夕飯を何にするか暫し考える。 こういう時は、やっぱりシチューか……。 とにかく思うように動けないだろう2,3日の間は、兄さんの事を第一に考えないと。 ああ、でも明日ウインリィが来てくれれば右腕は直るわけだから、不自由なのはそれまでかな。
驚いて包丁を置いて行ってみると、兄さんが毛足の長いセンターラグの上に倒れてもがいていた。
傍に寄って上半身を起こしてやると、兄さんはこっちまで情けなくなるような顔をして僕を見上げた。 「……ア…、……アル……」 「なに、どうしたの?」 顔を歪めて身を縮め、今にも潤みそうな目をぎゅっと閉じて、消え入りそうな声で言った。 「……ト、トイレ……っ」
「ううう、だって」 歩けないので派手に転び、手を付けないので顔面を床に強打。鼻は守ったらしいけど、おでこにコブを作った。 横抱きすると怒られるので、やっぱり縦に抱え上げてトイレへ。ドアを開けて、静かに便座に座らせる。 それにしても……正直、これは考えてなかった。 ひょっとしてどこまで自分を抑制できるか、試されてるんだろうか? 修行僧にでもなった気分だ……。 「じゃ、脱がすよ」 「ひとりで出来ないでしょ」 「やる! 出来る!」 「左腕痛くて動かせないでしょ」 「動かせるに決まってんだろ! 痛いのなんかに構ってられっかよ!」 「兄さん……」 「ひとりでやる! 出てけバカバカバカバカ! 泣くぞっっ!!」 って、もう半泣きだし。 「外で待ってるから終わったら声掛けて」 パタン、と戸を閉めると悪戦苦闘している声が聞こえてきた。
せっかくここまで「兄弟として見てるんじゃなく、性的な対象として見てるんだよ」とアピールしてきたのに。ここにきて「兄弟なんだから」を強調しなくちゃいけなくなるとは。
脱力した兄さんの手を洗ってやって、再び抱き上げる。 「も…疲れた……」 まるで小さな子供がするように、僕の肩へと無防備に頭を凭せ掛ける。 滑らかな額とさらさらの髪が、うなじと耳元に触れ、吐息は首筋をくすぐった。 甘えるようなその仕草に、胸がぎゅっと詰まる。
でも離したくない。ずっとこのまま抱いていたいな…。 このまま僕の部屋に連れ込んで、閉じ込めてしまおうか……。 「なに」 「隣のエミリでさえ、そんなことされないぞ?」 隣のエミリとは、隣家の三歳になる女の子のことだ。食べさせるために口元に持っていったスプーンの先を、兄さんは恨めしそうに睨んだ。 「こういうシチュエーションになるような怪我をしてきたのはどこの誰」 「……………」 「それとも『あーん』とか言って欲しい?」 「イタダキマス…」 大人しく僕が差し出したシチューを口に入れる。 「美味しい?」 「うん」 皿から一匙掬って、兄さんの口の中がなくなるのを待つ。 「……おまえはなんで食わねえの?」 「食べるよ。兄さんが食べ終わったら」 兄さんはがっくり項垂れて、はー…と大きく息を吐いた。そしてまたゴメン、と謝った。 「迷惑掛けっぱなしだよな。オレ、兄ちゃんなのに」 「兄も弟も関係なし」 「……でもオレ、さすがに辛い」 「そう? 僕は楽しくなってきたけど」 確かにいろんな意味で苦行もあるけど、とそっと胸の内で呟く。 「食べた後、ちゃんと薬飲むんだよ」 「分かってるよ」 「とにかく今日一日は我慢して。明日になってウインリィが来れば、取りあえず右手は直るし」 出来るだけ不自由させないようにするから、と言うと、兄さんは更に悄然とした。
「……すげえ荷物だな」 兄さんが呆れて言うと、ウインリィは肩を竦めた。 「だって何が原因で機械鎧が壊れたか分かんないんだもん。こっちで手に入らない部品が壊れてたら困るでしょ。大丈夫、見た目ほどは重くないから。駅からはアルが荷物持ってくれたし。じゃあさっそく始めるわよ」
もうとっくに読破した本だったけど、ウィンリィには頭が上がらないので、なんだよケチ、とブツブツ文句を言いながらも大人しく従って本を読み始めた。
「なに?」 「あいつの腕なんだけど……脱臼って、どうして? 重いの?」 「嵌めればただの捻挫と変らないそうだから、腫れさえ引けば大丈夫らしいんだけど、癖になるといけないから脱臼の整復後1ヶ月は絶対安静にするよう医者に言われた」 あの兄では無理ですと言ったら医者は笑い、せめて一週間は腕を使わせないよう監視してくださいと僕に言ったのだ。 「ああ、そうか。肩の細胞の入れ替えは200日周期だもんね」 「え……」
躰がすっと冷えていく。 銃で撃たれた? 至近距離から? 至近距離から、相手は兄のどこを狙って引き金を引いたのだろう。 兄に向けられた明確な殺意に、震えそうになった。
「え? あ、ごめん、なに?」 「大丈夫? 顔色悪いよ」 「 僕たちはお互い口を噤んで、俯く。
「それは間違いないと思う……」
軍では命に関わるような目に遭うと、強いストレスや心的外傷の軽減を図るため、必ず次の日から数日は休みになるのだ。
「コードを取り替えるだけだから、簡単に直るよ」
「すぐやるから」
軍人としての仕事だったのか、それとも大総統直属としての諜報活動か何かだったのか。ただ単に、偶発的な事件に遭遇しただけなのか 軍人だから攻撃された? それとも、国家錬金術師だから?
重い溜息しか出てこなかった。
偉そうに胸を張って、ウインリィはにっと笑った。 「そりゃいいけど、ウチ客間とかねえぜ?」 僕がソファに寝るよ、と言うとウインリィが猛反発した。 「なに言ってんのよ、風邪引いちゃうでしょ。アルが風邪引いたら誰がエドの世話すんの。右手が使えるようになったからって動きが制限されてるのは変わらないんだからね」 「一晩ソファに寝たくらいで風邪なんか引かないよ」 「じゃあ、あたしがソファで寝る!」 「あほか。おまえをそんなとこに寝せられるわけねえだろ。オレのために来てくれたんだから、オレがソファで寝る」 「なに言ってんの、寝相の悪い兄さんがソファで寝れるわけないだろ。お腹出して寝て風邪ひくのがオチだよ」 「そうよ怪我してるくせにソファから落っこちて悪化させたらどうすんのよ!」
えへへ、と楽しそうな笑い声が、隣から聞こえてくる。 「一緒にお風呂に入るのは嫌がったくせに」 「あれは一緒に入るのが嫌だったんじゃなくて、入れられるのが嫌だったの。脱がされるしよ」 「じゃあ明日、一緒に入ってくれる?」 「なっ……なに言ってんのおまえ! 誰が入るかっ」 「ほら、嫌なんじゃないか」 くすくす忍び笑って、2人で毛布に潜る。 「学校の近くの、丘の上のでっかい樹、今年もリスが住み着いてんのかな」 みんな勝手に名前付けて呼んでたよなぁ、近くの橋の下には秘密基地作ったりしたっけ、と遠い日々の記憶を引き出しの一つ一つから探し出すように、ぽつりぽつりと呟く。 そのまま、なにを考えているのか、黙ってしまう。 「兄さん?」 「なに言って 兄さんの言葉が途切れる。微かな呼吸音。 「あの頃に……帰れたら……い…のにな……。アルの時間、だけでも……戻せれば………」 静かな寝息が聞こえてくる。 「…兄さんは本意じゃないの、今の安住が」 過去に不幸な出来事があったのは事実だけど、僕は僕自身を不幸だと思ったことはない。不運だったと思ったことはあるけれど。 それに、兄さんに対してこんな気持ちを抱えていて、その想いに時々押し潰されそうになっても、この生活がなくなればいいなんて思わない。 この生活を幸せだと思っているのに。
貴方にとっての安住の場所に、僕はなれない? ねえ。 そっと近づいて、耳元に唇を寄せた。 「……愛してるよ…」 そのまま耳に、そして頬にくちづけをする。 自嘲して、ぐっすり寝入っている兄さんの体を胸に抱き込んだ。
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主軸がわからず混沌としてきたな。
一体何が書きたかったのか。 自分でも分からなくなってきました……