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必要なのは        








くたびれたオレは、キッチンでブロッコリーを一口大に切りながら、つい大きなため息を吐いた。

体力的にじゃなく、精神的にくたびれた。なんで春先ってのは犯罪が増えるんだ。おかげで大忙しだ。


今日の夕飯はグラタンだ。手間暇かかりそうだが食材を炒めながら同時にホワイトソースを作れる必殺技をオレ流に編み出したので、他のおかずを作らなくて済む分、却って手が抜ける。ブロッコリーも別茹でとかしないで、他の食材と一緒にフライパンで炒めちまおう。あー、でも火が通る前に外側が焦げちまうかな? と思って、またため息を吐いた。



ふいに後ろから手が伸びてきて、体をやんわりと抱きしめられる。オレは驚いて後ろを向こうとしたが、オレより広くなってしまった胸にすっかり抱き込まれ、振り向けなかった。

「なんだよ」

「ん? んー…」

アルは答えず、ただ抱きしめる。

料理の途中だが、オレはなんだか体の力が抜けて手を止めた。すべてを守られているような安堵感がじんわりと全身に広がって、ささくれた場所を優しく温められ撫でられているような感覚を覚える。

アルが最近付け始めたムスク系の香りが少しだけして、その匂いにも全身を包まれた。

普段はそういうのをまったくつけないのだが、ホークアイ大尉に出張土産で貰い、使い切るまではつけることにしたらしい。でもほんの少ししかつけないので余程アルに近づかないと分からない。ひそひそ話をしている時とか、こうやって抱きしめられている時とか。

アルの匂いが好きだけど、こういう匂いもいいな、なんて思う。

全身の力を抜いて、寄りかかりたくなった。――でもいまは料理中だ。腹は減ってるし、当番はオレだし。やるしかない。

また溜息をついて、オレは野菜を炒め始める。アルは抱く腕の力を少しだけ強くして、オレの首筋に唇をあて、キスをし出した。しばらく好きにさせていたが、段々くすぐったくなってきて、首をすくめる。

「なんだよ、いったい」

「ん? うん」

返事にならない返事をして、アルは頬を摺り寄せてきた。

甘えたいんだろうか? 文句を言ったものの、アルが離れていかなければいいなと思った。もっとくっついていたい。どこよりも安堵出来る、この腕の中に居たいと。

――今日、一緒に寝たいな。

こんなナマっちょろいことを思うなんて、疲れてるせいか?

そこでふと気がついた。

ひょっとして、くたびれた顔をして溜息ばっかりついてたせいか? 甘えたいんじゃなく、オレを甘えさせてくれてるのか。癒そうとしてくれてるのか。


「……アル」

「うん?」

「おまえ、今日夜勤じゃなかったよな?」

「うん」

どうしよう、とちょっと悩み、オレは躊躇いがちに自分に素直になって甘えてみた。

「……今日……その……い、一緒に……」

「なに?」

「一緒に……寝ねえ?」

背後でアルが笑みを零したのが気配で分かった。

「いいよ」

体を抱いていた手がオレの頬に触れ首筋を撫でる。今夜は同じベッドでアルの体の暖かさとか匂いとかを感じながら寝られるのか、と思うと幸福感が湧いてくる。さっさと夕飯を食ってベッドに入りたい。

「あ。そういえばコンドーム切らしてた。どうしよう、そのままでもいい?」

オレは赤くなってアルの腕から逃れ、振り返った。

「そういう意味じゃねえ! ただ一緒に寝るだけだバカっ」

アルは、えー、と文句を言った。









今夜何度目かの溜息をアルフォンスが吐いた。

今日はやつが食事当番で、どうやらメニューは具だくさんのミネストローネらしい。仕事から帰ってきてすぐにキッチンに立ったが、随分とテンションが低く、小さな溜息ばかりをついている。

今日はアルがくたびれている。

オレはそっと黒エプロン姿のアルに近付き、背後から包み込むように抱きしめ――たつもりだったか、結果的には抱きついた感じになってしまった。なんでだチクショウ。

「兄さん? なに?」

アルが首だけ捻って振り向いてくる。

「なんでもねえよ」

オレは額を、アルの背の肩口にぐりぐりと押し付けた。

……なんか違う。

包み込むようにして体を抱きしめて、オレはおまえの安心できる場所なんだと感じさせて、癒してやりたかったのに。甘えさせてやりたかったのに。甘えさせるっていうか、一見オレのほうが甘えてるみたいだ。くっそー。


それでもオレは癒してやりたくて、抱きしめる腕を強くする。寄りかからせるどころか、オレのほうが寄りかかってんだけど、頭を背中に凭せ掛け、アルの体をめいっぱい包んだ。

「……兄さん」

「ん?」

「邪魔」

「あ、悪い」

包丁を使ってるんだから危ないよな、と気付いてオレは慌ててアルから離れた。

アルフォンスは包丁を置いてやけに嬉しそうに笑いながら振り向き、そうじゃなくて、と言った。

「キスの邪魔」

顔を傾けて、オレの唇にちゅっとキスをしてくる。

唇を離すとまた笑って、今度は本格的にじっくりキスをしてきた。

オレは目を閉じて、キスをしながらアルの腰に両手を回し、気持ちだけでも大きな体を包んでやる。アルもオレの背と腰に腕を回して、抱きしめてきた。

お互いの息遣いと、野菜を煮ている音が聞こえる。ひとしきりキスをしたあと、唇を少しだけ離してアルが囁いた。

「……ソファに行こう?」

後ろに手を伸ばし、かちん、とガスの火を消す音が聞こえた。

「メシは?」

「あとで」

アルはオレの頬に頬擦りをした。

いい感じに抱き合っていたら、ふと思い出したようにアルが言う。

「そうだ、コンドーム、ちゃんと買ってきたよ」

アホ! とオレは急に元気になったアルの背中を叩いた。












必要なのは   



数ヶ月前に、昼間memoを覗きに来て下さる方々へ何か暇つぶしになるような感謝のサービスを出来ないか、と
思って、こっそりmemoで昼間限定で連載した小説。

必要なのは『温度』なのか『存在』なのか、タイトルに入れようかと思ったのですが、
人によって考え方や欲するものが違うから、じゃあ読んだ方に脳内で入れてもらおうと思い、
「必要なのは」と中途半端に切ってみました。


ちなみに管理人に必要なのは、温度ともふもふです。























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