何度も躰を重ねて、体液を混じり合わせて。
一つに繋がって、溶け合うようにして、2人で快楽の波に溺れる。
アルフォンスを受け入れるとき、兄はいつも辛そうに息を詰めるが、それでも最近はその痛みの奥に全てを凌駕する快感が眠っていると、意識ではなく躰でも覚えてきたようだった。
なのに、なんで嫌がるのかな。抵抗もするし。
毎日でもしたいのに。毎日抱きたい。つながりたい。兄の吐息や喘ぐ声を聞きたい。もっともっと求めたいし、求められたい。
『兄』という逃れられない立場だからこそ、『弟』の前で乱れることに激しい羞恥を感じてしまうエドワードの気持ちを、『弟』であるアルフォンスは分からない。
だからいろいろ余計なことを考えてしまう。
僕が下手だから、するのを嫌がるのんだろうか。
一応、気持ちよくさせてる……とは思う。
欲望に形を変えて、アルフォンスの愛撫にちゃんと応えているのだ、兄の躰は。痛みも少しは感じているだろうけど、快感だって感じているはずだ。
気持ちいいなら、もっとこういう行為を好きになってくれてもいいのに。
……それともやっぱり僕が下手だから好きになれないのかな。
だとしたら、どの辺が下手なんだろう?
優しく抱きすぎる、とか? 刺激が足りないのかな? ちょっとくらい乱暴に攻めたほうがいいんだろうか?
いや、それはないよなと、さっきホークアイ大尉が淹れてくれた紅茶が冷めてゆく様子を、じっと眺めながら思う。
いつもいつも兄には余裕がないように見える。だからこそ、全てを素直に受け入れるのではなく無意識のうちに抵抗してしまうんだろう。
兄が何も考えられないように、もっと手早く抱いてしまおうか?
でもそれはなんだかアルフォンスが嫌だった。
どうせするなら、時間をかけて、じっくりと抱きたい。
兄の躰が変化して、肌が赤く染まり、体温が上がって、欲望の芳香があがる。勝気な金の瞳が切なく細められて、表情が歪んで 。
「やっぱり手早くは却下だな」
ということは、このままの方がいいんだろうか。
休憩中とはいえ、自分の机に肘を着いて口元で両指を組んだまま動かず、不真面目なことをあれこれ考えていたら、後ろからハボックに髪をぐしゃりとかき混ぜられた。
「眉間に皺寄せて、なぁに深刻に悩んでんだ?」
「ハボック少尉」
いつものように咥え煙草をしたハボックは、左手に丸めた雑誌を手にしていた。
「少尉も休憩ですか?」
「おう。 で、どうした。悩み事なら相談にのるぞ? 人生の先輩であるこのオニイチャンに、遠慮なく言ってみな」
「セックススタイルって変えないほうがいいんでしょうか?」
ブッとハボックは吹き出し、火のついた煙草を床の上に落として灰を散らせた。
危ないなぁ、と言ってアルフォンスはその煙草を拾うと、手近にあった灰皿でもみ消して捨てる。
「おま……なんだよこのやろ、深刻に悩んでると思ったら」
「深刻ですよ、もちろん」
呆れたようにアルフォンスを見下ろしたハボックは、新しい煙草に火をつけると近くにあったイスを引き寄せた。2人は体をぴったりと寄せ合って、コソコソと話し始める。
「どうしたいったい。例の長い金髪の年上の、なかなかやらせてくれない女のことか?」
女じゃないですけど、とこっそり呟いて、ええまあ、と返事をする。
「なに悩んでんだよ」
「どうしてセックス嫌がるのかな、と思って」
「なんだ、相変わらず嫌がんのか?」
「嫌がるばかりじゃないですけどね。積極的にはなってくれないんです」
「もともと嫌いなんじゃねえのか?」
「それは……そうなのかもしれませんけど」
「それともアレか。飽きられたとか」
「えっ」
「キライだから嫌がるんじゃなくて、飽きたからやりたくないんじゃねえのか?」
「そんな、まさか。そもそも飽きられるほどやってませんよ」
「回数の問題じゃないのかもしれないぜ。ワンパターン可してねえかどうか、おまえだって気にしてるんだろ?」
「気にしてるというか……でも相手のためを思って奇抜なこととか、へンなプレイとかしないんですよ?」
「なんだよ、ヘンなプレイとかしたいのか?」
「それは言葉の綾ですけど……明るいところでしたいとか、ベッドじゃない場所でしてみたいとか、目隠ししてみたいとか、そのくらいのことは思うでしょう?」
「なんだ、またカワイイプレイだな、オイ」
「だから、出来ないんですってば」
「そんなことも出来ねえのか」
「出来ませんよ。……たまに無理にしちゃうこともありますけど」
「相手は楽しまないんだ?」
「楽しむどころか嫌がられます」
「いつもはどうしてんだ」
「部屋を暗くして、ベッドで普通に……」
「ちゃんと気持ちよくさせてんのか?」
「させてますよ」
「本当に? させてるつもりになってるだけじゃなく?」
「それは…」
そう言われると自信がない。躰は反応してるけど、それは単に生理現象であって、ひょっとして兄は気持ちいいとは思っていないのかもしれない。痛みを伴うのも事実だし。
「まあ相手が気持ちいいかどうかは別として、抵抗してくんのはワザとかもな」
「ワザと? なぜ」
「盛り上げるためだろ。おまえ、抵抗されると興奮しねえ?」
「………」
「どっちにしろ、マンネリは良くねえって」
「そうでしょうか?」
「相手にもよるけどな。まずは一回、変ったことを試してみたらどうだ」
ほい、とハボックは丸めて手にしていた雑誌をアルフォンスに寄越した。
それはその辺でよく売っている月刊誌で、これがなんだろう? と首を捻りながら表紙をちゃんと見ると、『Hのマンネリ化で夫婦の危機』という見出しが躍っていた。
「……夫婦の、危機……」
「俺が読もうと思ってたんだけど、先にオマエに貸してやる」
「……夫婦じゃないんですけど」
「俺だって結婚してねえさ」
今は彼女もいないしよ、と小さい声で付け足す。
「何事も勉強だぜアルフォンス。恋人の為にも、もっと研究しとけ。おまえ、スタイルを変えるとか変えないとか言ってたけど、本当はいろいろ試したいんだろ?」
「テクニックを学べってことですか?」
雑誌をパラパラと捲りながらアルフォンスは首を傾げる。
「違うっての。こんな一般向けの雑誌にテクニックなんか書いてあるか。そうじゃなくて、どうしてマンネリ化すると危機に陥るかを書いてあるんだよ」
雑誌のその項には、『付き合った当初のような新鮮さがなくなってしまい、マンネリ化』『セックスレスで離婚の危機』なんて見出しがついている。特集の後半には対策が載っていて、『マンネリ化を防ぐために演出を』のページには、ベッドの上でいろいろな役を演じるてみるとか、ムードを作るとか、セクシーランジェリーをつけてみよう、とか書いてあった。ゲームをしながら負けたほうが一枚ずつ服を脱いでいく、の文字には、あははは、と思わず声を出して笑った。
「おまえ、ノンキに笑ってる場合じゃないだろが。いまの彼女と別れる気、ないんだろ?」
「そうですね。絶対に別れません」
「さっそく今日、試してみろよ。そんでもって、俺に結果を報告しろ。な?」
「自分で試したらいいじゃないですか」
「おまえは何を聞いてたんだ。俺はいま彼女がいねえの。試そうにも試せなくて可哀相なんだぞ」
だからおまえが試してみて俺に報告してくれよ、なあ、と肩をつかまれて、ぐらぐらと揺すられた。
セクシーランジェリーはもちろん却下だろうし、役を演じるっていうのも兄には無理だろう。ただ、一度試してみたいと思っていた事はあった。
兄の中に眠っている、もっと強い快感を引き出してあげれれば、抱き合うという行為に積極的になってくれるのではないかと。
今日、兄は準夜勤。明日は日勤で、その後は休みになると朝食のときに言っていた。兄が休みの日、アルフォンスは残念ながら休日ではないが、夜勤だ。夜までのんびり出来る。ということは、明日の夜は、遅くまで2人で愛し合うことが出来る。
お風呂とか一緒に入りたいな、なんて思って、アルフォンスの口元に笑みが浮かんだ。
「アル」
「はい?」
「おまえ、いま爽やかに笑ったけど、ロクでもないこと考えたな?」
「分かります?」
笑みを深くしながら、早く明日の夜にならないかな、とアルフォンスは思った。
嫌いにならないで 1
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