「に・い・サン」
ソファに足を伸ばして新聞を読んでいる兄の顔を、アルフォンスはご機嫌で覗き込む。
「駄目だ」
「まだ何も言ってませんが」
「どうせロクでもないことに決まってる。駄目だ駄目だ駄目だ」
「ひどいなぁ」
拗ねたように言いながら、兄の姿を見る。もうすでにパジャマに着替えている。
「……兄さん、もうお風呂に入っちゃったんだ?」
「ん? うん」
ちっ、と内心舌打ちをしながら、当初の予定は果たせなかったが取りあえずはこのままベッドに連れて行くまで警戒させないでおこう、と考える。
「兄さん、すぐ寝る?」
「いや。明日休みだから、今日は遅くまでのんびりしてる」
「そう。それはよかった」
「は? なに?」
「なんでもないよ。こっちの話」
じゃあ僕もお風呂に入ってくるね、とアルフォンスはバスルームへ行く。
やっぱり眠いからもう寝る、なんて一人で部屋に行かれないよう、手早く体を洗ってシャワーで流した。
服を着ながら、なんて言ってベッドに誘おう、と考える。強引に攫ってしまおうか、口先でうまく丸め込んでしまおうか。それともキスしまくって無理矢理その気にさせる?
どれもこれも強引だな、と笑って濡れた髪を拭くのももどかしくタオルを被ったままリビングへ戻ると、兄はまだソファで新聞を読んでいた。
一緒にお風呂に入る、という計画を出鼻から挫かれたせいで、そのままズルズルと予定が狂ってしまいそうな予感がしていたアルフォンスは、兄がその場に留まっていたことにほっとする。
側に歩み寄って、床に膝を着き、兄が寝そべるようにして座っているソファに両肘を着いて顔を眺める。
エドワードは記事から目を逸らしてアルフォンスの髪がまだ濡れているのを見ると、無言のまま新聞を置いて手を伸ばし、アルフォンスの髪を拭いた。
特に意識するでもなく、当たり前のようにしてくれるそんなささやかな行為が嬉しくて嬉しくて、アルフォンスは笑みを浮かべた。
本当に嬉しそうに微笑んでいるタオルの下のアルフォンスの目と出会って、エドワードの手が止まる。
なにニヤニヤ笑ってんだよ、と言われるかと思ったが、兄は目が離せなくなってしまったのか、無言でアルフォンスを見たまま動かない。
そんな兄を見返したまま更に笑みを深くして、アルフォンスはタオルに置かれたままのエドワードの生身の左手を取った。
「兄さん」
呼ばれて我に返ったように、エドワードは身動ぎする。
「……なんだ」
「あなたの部屋へ、行ってもいい?」
金色の瞳から目を逸らさず、そっとささやく。
「オレの?」
「そう」
「いまさらイチイチ断らないで、好きに出入りすりゃいいだろ。遠慮しないで行って来いよ」
そうじゃなくて、と取った手の指先を持ち上げ、目を伏せる。
「あなたも一緒に。 あなたのベッドへ」
「………」
「僕と一緒に行ってくれる?」
爪の先へ、乞うように唇を寄せた。
「……おまえ……」
「うん」
「どうしたんだ?」
「なにが?」
「いつもは……」
なんと言えばいいのか迷う兄の言葉じりを継ぐ。
「いつもは、もっと強引なのに?」
「……分かってんじゃねえか」
「これでも気を使ってるんだよ、兄さんが恥ずかしがらないように。いつもは恥ずかしがる暇を与えないようにしてるんだ」
「別に恥ずかしがってなんかねえよ」
「そう?」
瞳の中を覗きこむと、エドワードは顔を逸らした。少しだけぎこちなく、なんでもないふうを装う姿が愛おしさを掻きたてる。
アルフォンスは伸びをして、そっぽを向いてる耳朶に、そっとくちづけた。エドワードの体が、そのくちづけに微かに揺れる。くちびるを少しだけ離して、アルフォンスは艶を含んだ声で耳に直接囁いた。
「……ねえ」
「なんだよ」
「返事聞かせて。僕と一緒にベッドへ行ってくれる? ……欲しいんだ。すごく」
更に大きく伸びをして、兄の長い髪に手をやった。アルフォンスが頭に被っていたタオルが、するりと肩に滑り落ちる。タオルが掛かったその肩へ兄の顔が隠れるように抱き寄せて、素直になれるよう促した。
「今夜は一晩中、僕の腕の中にいて。 あなたを抱いても、いい?」
長い沈黙の後、耳を真っ赤に染めたエドワードが、うん、と小さく返事をした。
ベッドの上に2人で乗って、部屋のあかりを暗くする。
少し俯いている兄に向かって手を伸ばし、前髪で隠れている頬に触れた。
近づいて、手で触れているのとは反対側の頬にキスをする。
「兄さん」
「……なんだ」
「触ってもいい?」
「お、おう」
頬に触れていた手を滑らせ、首筋を触る。布の上から肩を撫で、滑り降ろしながら胸を弄り、脇腹に触れ、脚に触った。脚の付け根に手を這わせると、エドワードの躰が強張る。
「兄さん」
「なっ、なんだ」
「服を脱がせても、いい?」
「…………」
「だめ?」
「ぬ、脱がせれば、いいだろ」
下を脱がせようと思ったが、最初に下だけ脱がせると「やっぱイヤだ」と拒まれそうだったので、下はどさくさに紛れて脱がそう、とアルフォンスはまずパジャマのボタンに手を掛けた。
全部外し、肩から滑り落として素肌を露わにする。
「……兄さん」
「今度はなんだっ」
「唇にキスしてもいい?」
「おま……いい加減にしろ!」
「なに?」
「なにじゃねーよっ。い、いちいち、聞くな! いつもは好き勝手にしてるくせに、なんなんだよ!」
僕の事を強く意識させようと思って、というのはもちろん兄には言わない。
「嫌がらないかな、って心配で」
「嫌がったって止めねえくせに、何言ってやがる」
「だって兄さんが嫌がるたびに止めたら、何もできないじゃないか」
「キっ、キス、とか」
「キスだけじゃセックスは出来ないよ」
「おまえはどうしてそうあからさまなんだ!」
「じゃあなんて言えばいいの」
「えっ。…え、えー……」
「どうでもいいよ。それより、させてくれるの?」
「なにを」
「キス。してもいい?」
「……」
「ダメなの?」
「…………………い、い」
アルフォンスは笑って、俯いてしまった兄の頬に両手を添え、触れるだけのキスをする。唇を離しすと、エドワードの額に自分の額を合わせた。
「……兄さん」
「なんだよ」
「……好き」
兄は返事をせず黙り込む。アルフォンスはもう一度唇にキスをして、項に手を添え、白いシーツの上にエドワードの体を押し倒した。
体を少し離して、兄を見下ろす。
金色の髪がシーツの上に流れるように散って、肌は陰影を刻み、機械鎧は僅かな明かりを拾って鈍く光る。
「……きれいだね」
「どこがだよ、こんな傷だらけのカラダ」
「あ、ホントだ。こんなところに青痣がある。どうしたの?」
左の二の腕を指先で触る。
「知らねえよ」
「一昨日はなかったのに」
「どっかにぶつけたんだろ」
「どこに?」
「覚えてられっか」
「相変わらずハツラツとしてるね。その腕白ぶり、なんとかなんない?」
「るせ。子ども扱いすんな」
「してないよ。子供じゃないから、僕とこういうことをしてるんでしょう?」
笑って、アルフォンスは兄の胸元へ頬ずりをした。
「他の誰にも見せないでね」
「なにを」
「肌を」
「無茶言うな。更衣室では着替えなきゃなんねえし、シャワー室では服脱がなきゃ浴びれねえだろが。人の目なんか気にしてられるかよ」
「それはまあ、そうなんだけど。 じゃあ言い方を変える。僕にしか許さないでね。他の人間にこんなこと、させないで」
アルフォンスは文字を書くように指先で兄の胸元を擽り、行き当った突起に爪を立てた。エドワードの躰が僅かに揺れる。
「許すかよ、こんなこと。ってか、おまえくらいだ、オレにこんなことしたがるの」
「そうだね。……そうだと、いいのになあ……」
悪戯をするように爪弾いていた場所を、今度は親指の腹で何度も何度も押し潰すように撫でる。勃ち上ってきたそれを、指先で摘まんだ。
「……兄さんってさ」
「なん、だ」
「ここ、あんまり感じないよね」
擦ると、エドワードは息を詰める。
「もっと強く感じてくれてもいいのに」
「……こ、これ以上、どう…しろってっ」
「もっと高い声が出るくらい感じて欲しい」
「無茶、いうな……」
「無茶かな」
今度はぎゅっと押し潰し、深いところを探った。
「………っ」
「もっと奥? ……それとも、こっち?」
反対側を咥えて、舌で嬲って軽く噛む。
「…う……」
「痛かった?」
歯を立てたまま訊ねると、くすぐったいのか身を捩ろうとする。逃げられないようにそこを咥えたまま肩を手で押さえつけ、何度も何度も歯と舌で蹂躙した。
「や、めろ、もう…」
「兄さんが高い声を出すまで」
「誰が、出すか」
「ふふ、本当に強情だね。もっと素直になって欲しいな、僕とこういうことしてる時は」
「オレは、いつも素直だ」
「どの口が言うのかな、そういうこと」
アルフォンスは顔を上げ、エドワードの唇にキスをする。
「あ、そうだ」
この部屋へ来る前に自分の部屋へ寄って持ってきた物を、足元のベッドの端に置いていた事を思い出し、取りやすいように枕元へと移動させる。自分の頭のすぐ側に置かれたそれがなんなのか見ようと、エドワードが頭をめぐらした。
「なんだ、それ」
「こういう時の必需品」
「なに?」
「ローションとコンドームとタオル」
兄の顔が、かっと赤くなる。
「おま……なんでそう、こういうことにマメなんだよ」
はっ、マメなんて言っちまった、と呟く兄の唇に、笑いながらまた軽くキスをする。
「用意周到なのあたりまえだよ。兄さんのためでしょ。シーツ汚すの嫌がるし、体拭いてあげたいし、いれるときに傷つけたくないし、中で出して後から掻き出されるのも嫌でしょ?」
「うわーっわーっわーっ」
「兄さんが聞いたから答えたのに、なに聞こえないフリしてんの」
「聞いてない聞いてないオレは聞いてねえぞ!」
「そもそも当たり前のことなんだから、そんなに照れなくても」
「兄ちゃんはそんなコに育てた覚えはねえっ」
「僕だって兄さんに育てられた覚えないよ。自分でここまで成長したんだから」
「いまオレが成長を忘れたチビだって言ったな!?」
「言ってないない。成長を忘れただなんて、思ってないよ」
そう言ってアルフォンスは兄の体の線を辿る。肩を撫でて腕をさする。
「旅をしていた頃から比べれば背だって伸びたし、手も脚も伸びたし、肩幅も広くなったし、首筋も……」
ついばむように筋の通った首筋に唇を寄せる。
「長くきれいに伸びてる」
ちゅ、と跡が残らないように気をつけながら、強めに吸った。腹部を撫でながら手のひらを下へと移動させ、下着の中へと忍ばせる。
「あっ」
「……ここも。成長が止まってない。……ちゃんと大人になってる」
「おま……、く…そ、この……」
「ん? なに?」
「すけべっ」
「ありがとう」
「ほっ、褒めて、ねえ」
「すけべなことをしてる時に『すけべ』って言われるのは褒め言葉でしょ。兄さんも同意してくれたことだし、ゆっくり時間をかけて愛を確かめ合おうね」
やっぱ嫌だとキツイ眼差しで見返してくる兄の目のすぐ上に、アルフォンスは愛しげに柔らかい唇を寄せた。
嫌いにならないで 2
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