「……いれるよ」
脚を開かせて片方だけ持ち上げ、中へと躰を進める。
「ん、んんっ」
エドワードは眉をきつく寄せて、シーツを掴む。肩を竦めて躰に力を入れようとするのを見て、アルフォンスは動きを止め、圧迫感に慣れて全身から力を抜くのを確認してから、また躰を進めた。
「……はっ、……う…あ」
「もう、ちょっと……」
「あ、あ……っ」
中へと押し入るとき、兄はいつも辛そうだ。実際辛いのだと思う。それでも毎回こうしてアルフォンスを受け入れてくれる。
この瞬間が一番辛そうだが、アルフォンスにとっては兄の愛情を感じ取れて愛しさが募る。
ゆっくりと押し入りながら、乱れる長い金色の髪や表情を見て、喘ぐのを聞く。
深いところで繋がって、はあ、とアルフォンスは息を吐いた。
「……兄さん」
名を呼ばれて、ゆるゆると瞼を上げる。目ともが赤く染まっていて、そんな兄の表情に、理性が剥ぎ取られてゆくのを感じる。
額にキスをして、瞼にキスをして、目尻にキスをして、耳を噛んだ。兄が躰を強張らせ、ぎゅうと締め付けてくる。耳もとでアルフォンスが息を乱すと、それをも奥のほうで感じて、躰を震わせ、アルフォンスにまた新たな快感を伝えてくる。
口では伝えられない、言葉よりももっともっと奥の、深淵の想いを躰で伝え合っている気がして、愛しさで息が出来なくなりそうだ。
兄の躰を自分と同じリズムで揺らしながら、見下ろした。
もっと顔が見たいのに、それに気付いたエドワードは腕を持ち上げて、表情を見せまいと隠してしまう。そんなところにも愛しさが沸く。
好きになってくれたらいいのに。
こういう行為を、もっと。
ただの生理的な行為じゃない。
お互いの想いを伝え合って、感じ合って、愛しさを募らせてゆく。強い想いを抱きながらひとつになることによって、唯一無二の存在になる。
なにもかも奪い去りたい。全部欲しい。普段の兄も、妖艶に乱れる兄も。エドワード自身すら知らないところも全部暴いて、この腕に抱きたい。
この行為を兄があまり好きではないのは、受け入れる側だからだろうか? それとも、快感が足りない?
強い快感を感じられるようになったら、もっと好きになってくれるんじゃないだろうかと、アルフォンスはずっと考えてた。
ゆるゆると兄の体を揺らしていたら、顔を隠していた腕を解き、アルフォンスへと手を伸ばしてきた。
首に抱きついてきて、ねだるように額を肩口に擦り付けてくる。
「……触って欲しいの?」
抱きつく腕の強さで、エドワードはその問いに答えた。
その腕を自分から引き離し、アルフォンスは兄の生身の左手に自分の右手の指を、鋼の右手には左手の指を絡めて、ベッドに縫い付けた。欲で潤んだエドワードの目が見開かれる。
「……兄さん。このまま、前に触らないままで、イってみせて…」
「な……」
「イけるよね?」
両手を押さえつけながら、体の中を探るようにして動く。兄はうめいた。
「う……」
「感じる?」
「アル、てめ……、なに、を………、あっ」
「ここ?」
「やっ、やめ……」
「……ここがいいんだね?」
「ああっ」
エドワードがひときわ高い声を上げた場所を目指して、何度も擦りあげる。
「イけそう?」
「ア、アル……っ、で、できな……」
「大丈夫、イけるよ……もっと…僕を、意識して」
「無理だっ……」
開放の時を迎えられず苦しそうに眉を寄せ、指を絡めて繋いでいる手を強く握りしめてくる。その手を、アルフォンスは負けじと強く握り返した。
「……兄さん…。僕を、もっと意識して。好きだって……」
エドワードが息を乱す。
「僕のこと、好きだって。愛してるって、もっと、もっと。……その僕に、いま、抱かれてるんだって」
「あっ…あ……」
「愛してるよ。……兄さんも、僕を愛してくれてるよね?」
「う…あ……、は、はあっ」
兄の躰が変化し始める。痙攣するように震えながら喉をひくつかせて、大きく仰け反り、握り返す指が、アルフォンスの手に食い込む。下肢をびくびくとさせて、本能的なものなのか開放を求めて自ら腰を動かし、アルフォンスを少し驚かせた。
「や……い…やだ……!」
自分の体の制御を失うのを恐れて、暴れようとする。それなのに痙攣は全身に広がっていて、もう思うようには動けないようだった。普段からは考えられない兄の淫らな動きに、アルフォンスは更に深く中を抉る。
「……兄さん、怖がらないで。このまま、イって。大丈夫だから」
「い…い…や、だ…っ」
「怖がらないで、開放して。快感だけ、追って」
「ひぁ……ああ、あ」
「僕と繋がってるんだ、って……僕に、イかされるんだって」
「…ア、ル……ッ!」
大きく躰が揺れる。
がくがくと大きく体を揺らして、両脚に力を入れるのが分かった。背中だけじゃなく喉元も大きく逸らして胸を大きく喘がせる。
エドワードのものが、逐情を始める。突き上げるたびに白い液体をじわじわと溢れ出させ、アルフォンスとエドワードの肌を濡らす。
きつく締め付けられてアルフォンスは呻いた。兄の躰を抱きしめて、自分も解放の時を迎える。
強い快感に目が眩みそうになりながら、息を乱し、より深く繋がった。
体を弛緩させてから、腕の中の兄を見ようとして、呼吸も整えないまま上半身を起こした。表情が見たい。
「……兄、さん」
汗で貼りついた前髪を指で掻き分け、何度も撫でた。
エドワードはぼんやりと焦点の合わない目でどこかを見上げているようだった。アルフォンスの姿が目に入っていないような様子に、少し違和感を覚える。
「兄さん?」
兄の名を呼ぶ声は届かず、エドワードはゆっくり瞼を閉じて意識を飛ばしてしまった。
エドワードの体を丁寧に清めて、自分の部屋に運び、宝物のように大切に、そっとベッドへと横たえた。
裸体にタオル地の薄いブランケットを掛けてやってからアルフォンスはバスルームへと行き、シャワーを浴びてパジャマに着替え、簡単にボタンを2、3個留める。
ハンドタオルを水で濡らして絞ると、それを手に部屋へと戻った。
ベッドの端へ腰を下ろすと、濡らしたタオルを左手に持ち替えて、少し湿った冷たい指を、兄へと伸ばす。
優しく髪を撫でてから、屈みこんで額にキスをした。
ブランケットの上から体をそっと抱いて、頬を摺り寄せる。
目を閉じて、兄の匂いと体温を自分の体で感じた。
もっと、愛していると伝えたい。もっと、もっと。
静かに体を起こしたアルフォンスは、再び右手にタオルを持つと、少し腫れたようになっている兄の目元を冷やしてやろうとした。
しかしその手を、弱々しい力で兄に振り払われる。
「兄さん? 起きたの?」
エドワードは答えず、ブランケットの端を掴んで引き上げると、アルフォンスから自分の姿を隠すかのように中へと潜ってしまった。
「……兄さん?」
タオルをベッドヘッドの縁に掛け、ケットの上から兄の背中を何度も撫でる。
「隠れないで、姿見せて。 ねえ」
「……嫌だ」
「どうして」
「……おまえ……なんで」
「うん」
「なんで、ああいうこと……すんだよ……」
「ああいうこと? なに?」
「………」
「後ろだけでイかされたの、嫌だった?」
急に起き上がり、枕を掴んでアルフォンスに叩きつける。そうしてまたすぐにブランケットの中に潜り込んだ。
「……兄さん」
手で受け取った枕をベッドの上へ置くと、ブランケット越しにエドワードに覆い被さり、体を抱きしめた。
「気持ちよくさせてあげたかったんだ。ごめんね、傷つけた?」
「………」
「もっと気持ちよくなれば好きになってくれるんじゃないかと思って。 好きにならなくてもいいから、嫌いにはならないで」
「…なに……」
「こういう行為を。セックスだけが全てじゃないけど、大切な行為だよ。……分かってるよね?」
「…ただの排泄行為で、用が終われば冷めるもんなんだろ、男は」
「誰が言ったの、それ」
「……詰め所のヤツ等が」
「兄さんはそうなの?」
「……違う」
「僕だって違うよ。……愛しさで、胸がいっぱいになる」
愛してるよ、とブランケット越しに唇を押し付けて、言葉が届くように囁いた。言葉にすれば、なお愛しさが募る。優しく抱きしめたいのに、兄の体を抱く腕に力が篭った。
「兄さんは違うの? どうしてもこういう行為が好きになれない?」
「き、きらいじゃ…、ない……と、思う」
嫌だったらおまえに部屋に行こうって誘われても「うん」って言わねえし、とエドワードは言った。
「でも、好き…ではない」
「どうして?」
「……おまえは、オレとこういうことすんの、ときどき怖く感じたりしねえのか?」
「愛しい想いが強くなるし、兄さんとの距離が縮まる感じがするし、鳥肌がたつほど気持ちよくなるけど」
「ばっ…そうじゃねえよ、そういうんじゃなくて……」
そこで言い淀む。
「なに。言って」
「……オレ、は……」
「うん」
「…オレは…後ろめたい……」
「どうして」
「…快感とか、歓喜とか……そういうのを、強く感じれば感じるほど……背徳感、とか、嫌悪とかが、大きくなって…居たたまれなくなるときがある」
「嫌悪って……僕と抱き合うことが?」
「違う」
そうじゃなくて、と言い難そうに言葉を紡ぐ。
「……後ろめたいと思うくせに、おまえにあんな……痴態を見せるんだ、オレは。…今日だって……じっ…自分から……っ、こ、腰……振ったり、して……っ」
「兄さん」
アルフォンスは身を起こし、エドワードが頭から被っているブランケットに手を掛ける。
「出てきて」
「いやだ……っ」
「顔見せて!」
強い口調で言って、無理矢理ブランケットを引き剥がす。全身を赤くして顔をゆがめている兄の頬に手をやって、自分の方へ強引に向かせた。
「感じて欲しくして触ってるのに、感じて何が悪いの」
目を逸らそうとしたエドワードが、その言葉にアルフォンスを見上げる。
「兄さんが罪悪感を抱く必要なんかないんだよ。自己嫌悪する必要もない」
「…ア…ル……」
「僕たちは逸脱なんかしていない。誰かを好きになって何が悪いの。愛し合って何が悪いの。抱き合って何が悪いの。僕たちは普通だ。何も変ってない。特別なことなんかしてない。みんなと同じだよ、誰もがしていることをしてるんだ」
しかしそう簡単には割り切れないのか、エドワードは目を伏せる。
アルフォンスは兄の頬から手を滑らせ、胸を触って、下肢へと伸ばす。ビクリと跳ね上がった躰に唇を寄せ、舌で肌を舐めた。
「なっ、なに……」
「約束だよ。今夜は一晩中、僕の腕の中にいるって」
「やめろ…っ、もう今日はそんな気分じゃ、ねえ」
「背徳や嫌悪なんか抱く必要ないんだよ。それがなかったら、僕とこういうことをするのが嫌いじゃないんだよね? 好きにならなくてもいいよ、嫌いにならなければ」
「………」
「……感じて」
「……っ、う…」
「怖がらなくても大丈夫。さっきみたいなことは、もうしないから。口でしないし、ちゃんと触ってイかせてあげる。……いつもみたいに」
首筋にちゅ、と音を立ててキスをして、囁いた。
「……だから余計なこと考えないで、僕のことだけ、考えて。……それとも、やっぱり僕に抱かれるのは、いや?」
震えているエドワードの手が、アルフォンスの背中へと伸ばされる。まるで包み込むように、ぎゅっと抱きしめてくる兄のそんな所作に、アルフォンスはまた昂り始める。まるで体の中に獣を飼っているようだ。
躰をひらいてくれる兄の肌を愛撫しながら、まずは強い快感を覚えさせるより、こういう行為に慣れさせないと、と思った。
ホークアイ大尉が淹れてくれた紅茶の湯気が上がるのを見ながら、アルフォンスは難しい顔をする。
眉間に皺を寄せ、不機嫌そうに口を曲げ ようとしたが、どうしても出来なくて、笑みの形に緩んでしまう。
ちょっと照れながら咳なんかして、紅茶を口に運んで誤魔化したりしたが、やっぱり止められなかった。
昨夜の兄さん、色っぽくて綺麗だったな。
結局、兄は一晩中、腕の中に居てくれた。アルフォンスの愛撫に切なく声を上げながら身を捩じらせ、感じた快感をアルフォンスの躰に返してくれた。
兄はまだアルフォンスのベッドで寝ている。
ちょっと無理をさせ過ぎちゃったかな、と思いながら、何度も髪を撫でてキスをして、名残惜しく家を出てきた。
早く仕事を終わらせて、家に帰りたい。汚れてしまった自分のベッドメイキングをするのは嫌だろうから、僕が兄さんのベッドをキレイにしてあげないと。
家に帰った僕と目を合わせたら、どんな顔をするだろう? 照れ隠しにちょっと怒ったような態度をとるだろうか? それとも、恥ずかしがって僕を意識しながら、目を逸らすだろうか?
ああ、本当に早く家に帰りたい。
「くぉら、アルフォンス」
頭を小突かれて後ろを振り向くと、咥え煙草のハボックが立っていた。
「おまえ何ひとりでニヤニヤしてんだよ」
「少尉。あれ、僕いま笑ってました?」
「顔緩みっぱなしじゃねーか」
手近にあったイスを引き寄せて座り、体をぴったりくっつけてくると、ハボックは声を潜めた。
「どうしたいったい。例の恋人か? うまくいった?」
アルフォンスはにっこり笑うと、あ、そうだ、とデスクの引き出しを開けた。
「これ、返しますね」
ハボックの手に返したそれは、『Hのマンネリ化で夫婦の危機』という見出しが躍っていた雑誌だった。
「お、試したのか? で、どうだった?」
「試しませんよ。僕たちにはまだまだ必要じゃありません」
「なんだよ、試さなかったのか」
目に見えてハボックがガッカリする。
「で、悩み事は解決したのか?」
「うーん、結局、しなかったのかなぁ。 でもいいんです。焦らない事にしたから」
ゆっくり時間をかけて紐解いていくのもいいかな、なんて思う。ゆっくり、兄さんと兄さんの躰に、素直に感じることと、快感を自分から求めることを教えていく。
今はまだ、繋がることが「嫌じゃない」という程度でも充分だと思う。躰は目覚め始めたばかりだし。
好きにならなくてもいいから嫌いにはならないで、とは言ったが、やっぱり好きになってほしい。
それにはまず、慣れてもらわないと。
慣れてもらう近道は、やはり回数か。
次はいつしよう?
2,3日は間を置かないと兄が辛そうだから、今週はもう無理かもしれない。それとも、一回くらいはさせてくれるかな?
また僕の腕の中で乱れてくれるだろうか? それとも恥ずかしがってくれるかな。
「……アル」
「はい?」
ハボックが呆れたような顔をした。
「おまえ、またロクでもないこと考えてるだろ」
「分かります?」
「爽やかに笑うの、ヤメロよ」
笑顔ってもんが信じられなくなる、とハボックはフィルターを噛んで顔をしかめた。
嫌いにならないで 4
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