肌を辿る唇と舌が、どんどん躰を熱くする。
アルフォンスの吐く熱い呼吸が痛いほど肌に刺さって、目が眩みそうになった。
全身が震えて、声が漏れた。
酷くして欲しいと懇願したのに、その大きな暖かい手のひらと唇で、殊更優しく躰を抱かれた。
脚をなぞっていた指先が、内側を滑り、やがて奥へと進んでいく。
「……は…っ…」
「痛い?」
大丈夫、と吐息のように応えて、深く呼吸しながら強張った全身から力を逃がした。
更に奥を愛撫され、圧迫するような違和感を耐えていると、少しずつ官能が生まれてくる。
中で指を折られて、躰が跳ねた。
長い時間をかけて解かされて、全身に快感が満ちる。火傷をしたあとみたいに肌が敏感になって、少し撫でられただけでも感じてしまい、自分で自分を持て余した。
「……ア、ル」
「なに?」
「……アルに…触りたい」
「どこに?」
揶揄うように言って、この日はじめてアルフォンスが笑みを見せた。
顔をほころばせて笑いながら、躰を斜めから倒して兄の肌に自分の肌を重ねる。すぐに温もりが伝わってくる。
温かい。
エドワードの肌の上を滑るアルフォンスの素肌は、硬い鋼よりも、柔らかくて弾力があった。
このあたたかさと柔らかさが愛しくて愛しくて……泣きたくなる。
両手を伸ばして弟の体を抱き締めようと思ったが、少しだけ逡巡し、一度持ち上げた機械鎧の右腕は下ろして、左腕だけでアルフォンスに触れた。
肩から首筋を辿って、頬を滑り、金色の短い髪の中に指を差し入れる。
自分の肩に頭を預けていたアルフォンスがまた笑う気配がした。
首筋にひとつキスをし、髪に絡めていた指をほどいて起き上がったアルフォンスは、愛撫を続けていた指を抜いて、兄を見下ろした。
「力、抜いててね」
脚を開かされ、そのまま腕に抱え上げられる。
真っ赤になって、ぎゅっと目を閉じると、アルフォンスは吐息だけで笑い、宥めるようなキスを右脚の内側にした。
いつまでたっても行為に慣れない兄の呼吸に合わせて、ゆっくりと躰を進めてくる。
「………っ」
痛みと苦しさと、背筋をぞくぞくと奔る快感が襲う。思わず息を止めると、息をして、と指先で下唇をなぞられた。
はあ、と息を吐いて、次に酸素を吸い込むと、それに合わせてまたアルフォンスが躰を進める。
「辛いなら声を出してもいいんだよ」
揶揄するように言われて、歯を食いしばりながら目を開けて睨んだ。
視線が絡んで、アルフォンスから笑みが消えてゆく。
「……そんな目で見られると、制御出来なくなる…」
覆い被さるようにエドワードの躰に圧し掛かる。
一気に深く繋がれて悲鳴を上げそうになったが、重ねられた唇で、奪うようにすべてを飲み込まれた。
舌を絡めながら、アルフォンスが動き出す。
堪え切れずに声が漏れた。
苦しげに喘ぐと、ようやく唇を離して、熱い目で見下ろしてくる。その目を見返して、焼かれそうだと思った。
………違う。
焼かれるのではなく、自分のほうがアルフォンスに焦がれているのだ。
だからこんなに胸が熱くなる。
こんなに 罪が深いのに、求めてしまうのだ。
縋るものがなくて、シーツを掴もうとした。
でもうまく掴めなくて、何度もガリと指先でシーツを掻く。
アルフォンスが動きを止めた。
「…手の位置が違う。僕の背中に腕を回して……」
「……う…ん…」
両手を伸ばそうとして、躊躇う。
少し迷って、まだ腕に引っ掛けた状態で着ていたシャツの右の袖口を左手で引っ張り上げると、エドワードは右腕の機械鎧をすっぽりとシャツに隠した。
鋼の指先で袖口を掴みながら、アルフォンスの背中に腕を回そうとする。
「……何をやってるの」
「……いや………オレの右手、冷てぇ…し、硬い、から……」
「機械鎧で僕に触るの、嫌になった?」
「違う」
「じゃあ余計なことしないで」
背中に手を差し入れて、エドワードの体を少しだけ持ち上げると、纏っていた最後のシャツを剥ぎ取った。
一糸も無くなった躰を再び横たえて、右手にキスをする。
「おまえ……嫌じゃねぇの、オレの 」
右腕の機械鎧 。
「どうして?」
「どうして、って……」
アルフォンスがこの手を見て時々沈んだ顔をするのを知っている。
ウィンリィが言っていた。今でも、出来れば兄さんの手足を取り戻したいと思っているんだとこぼしていたと。
「兄さんの手も脚も好きだよ」
よく見えるように、目の前にエドワードの右手を持ってくると、指先にまた唇を寄せる。
「……この右腕は特に愛してる」
「………挿げ替えの出来る、ただの機械だ」
「ウィンリィたちが作ってくれた腕だよ?」
「わかってるけど、でも」
「兄さんはこの手が嫌いなの?」
「オレじゃなくて………おまえ、が……嫌なんじゃ、ないかと……」
「嫌じゃないよ。 本気でこの手を愛してる」
「ただの鋼じゃねえかよ……っ、……こんな、命、の…入ってない、無機物な……」
また胸の奥から熱いものがこみ上げてきて、それを押さえようとしたら声が震えた。
「オレにあんな酷いことされたのに、簡単に愛してるなんて言うな………!」
喉元にわだかまった塊を吐き出して、見当違いになじったのに、アルフォンスは静かだった。
「左腕の柔らかさも、右腕の硬さも愛してる」
機械鎧の中指を、ちゅ、と音を立てて吸って、人差し指にキスをして、手の甲にキスをした。
「左手の温かさが兄さんの体温なら、右手の冷たさも兄さんの体温だ。……愛してる」
静かなまま、想いの熱さを注ぎ込んでくる。
鈍色の右手を、わざと目の前で舐めて見せる。
赤い舌を出して、エドワードの目を見つめたまま、見せつけるように指の一本一本を丹念に、淫猥に舐めた。
まるで性感を刺激するように、執拗に舐め、口に銜えて、緩く歯を立てる。かし、と軽い音がした。
アルフォンスの舌で舐められ機械鎧の指が濡れて光るのを見て、何も感じないはずの右手に熱が灯る。
かたかたと手が震え出したことに気付いた弟は、一度唇を離すと、今度は手のひらを舐め始めた。
「……………っ」
思わずぎゅっと目を瞑って全身を強張らせる。
アルフォンスが息を止める気配がして、そっと目を開けると、痛みに耐えるように眉を寄せていた。
「……兄さん…、ちょっと、力抜いて。痛い」
「…だれ、の、せい…だよ……」
深い呼吸をしながら、ゆるゆると躰から力を逃がす。アルフェンスがほっと息を吐いた。
「…もうちょっと、僕にも優しくして欲しいなぁ」
少し笑って、また鋼に舌を這わせ始める。
手首から腕を辿って肘の関節を舐めた。
「…やめ…ろ、アル」
「どうして? ………感じるから?」
兄の右手に自分の左手を絡めて握り締めると、胸を開かせるように機械鎧の腕をシーツに押し付けた。露わになった二の腕の内側を、肘関節からゆっくりと舐め上げる。
「やめ………っ」
舌が腕を上ってきて肩を這った。
短い金の髪が、くすぐるように頬と首筋を触る。左手で絡められた右手は思いのほか強くベッドに縫い付けられて、振り解こうと躰を捩って暴れたが解けなかった。
アルフォンスの舌が、接合部分と引き攣れた傷痕に触れる。
「ああ……ッ」
全身が大きく跳ねて仰け反った。おさえきれなくて高い声が上がる。強く吸われて奔った痛みさえ、快感に変換される。
息を乱してがたがたと震えていると、ようやくアルフォンスが顔を上げて、唇に羽根のようなキスをした。
「……ごめん、兄さん。僕も限界………。動いても…いい?」
返事なんて出来なくて、息を止めて強く目を閉じた。
「止めないで、息をして」
アルフォンスの右手の親指が、こじ開けるようにして口の中に入ってくる。噛まないようにと震えながら口を開けると下の歯の先をなぞられた。はぁ、と震える息を吐いて、また肺に空気を入れる。
胸を上下させながら荒い呼吸を繰り返すと、指は口の中を出て行って、首筋を撫で、肌を触りながら下へと滑ってゆく。
もう言葉を成さない声しか出なかった。
細かい雨に打たれたように、全身が官能で濡れる。
弟はベッドに押さえつけていた指を解いて、鈍色の機械鎧の手を自分の背中へと導いた。
「……ちゃんと…僕の躰を抱いて………」
ねだられるまま両手を背中へと伸ばし、少しでも距離を縮めたくて必死にしがみ付いた。
離れないよう、自分から脚を絡める。
アルフォンスの匂いを胸に満たす。
ベッドの軋む音に煽られるように、理性を手放した。
なにをされたのか、なにをささやかれたのか、そこから先はあまりよく覚えていない。
泣いていたのかもしれない。
何度も何度も眦と睫に、アルフォンスが唇を寄せていたから……。
硬質な熱 5
|