「……エド?」
休日の二人がセントラルの街中を歩いていたら、背後から声をかけられた。
声の主は黒いショートヘアの女性で、振り返ったエドワードの顔を見て安堵の表情を浮かべ、それから嬉しそうに笑う。
「久しぶり」
アルフォンスの隣にいた兄が、目を見開いた。
「シェバ……?」
名前を呼ばれて、女性は更に嬉しそうに笑う。それに呼応する様にエドワードも破顔した。
「覚えてくれていた?」
「忘れるわけねえだろ」
「本当? 嬉しいな」
今どうしてるんだとか、今日はどうしてセントラルに、という会話を聞くに、彼女はエドワードが軍に入隊したばかりの時に一緒に西方司令部で研修を受けた同期で、研修を終えた後も親しく付き合っていたが、エドワードが中央司令部に異動になってから疎遠になってしまったらしい。友人の結婚式に呼ばれ、二泊の予定でいまセントラルに来ているのだという。
「シェバは独身なのか?」
「うん」
「恋人とかは?」
「いないよ。エドを上回るようなイイ男、いないもん」
相変わらず口がうまいな、と言ってエドワードは笑った。
「こちらの方は、お友達?」
シェバの視線がアルフォンスへと注がれる。弟だよ、とエドワードが紹介し、それに応えるようにアルフォンスは自分の名前を言って「こんちには」と笑顔で挨拶をした。
「弟さんなの? イイ男ねえ」
「手ぇ出すなよ、おまえ」
「そう言われると手を出したくなるのが人間ってもんだよね」
「あのな」
「うそうそ。私はあれからも今も、ずっとエド一筋」
「な、なに言ってんだよ」
エドワードは少し慌てたように遮って、アルフォンスを気にするようにちらりと視線を寄こした。
「今日は兄弟仲良くお買いものですか?」
シェバに訊かれたアルフォンスはにっこりと微笑み、指を絡めて兄と手を繋ぐと、驚くエドワードを余所にそれを持ち上げて彼女に見せた。
「デートなんです」
「まあ。ふふふ」
冗談に受け取ったようだが、本当だった。揃っての休日で天気も良かったので「デートしよう」と二人で家を出てきたのだ。オープンカフェでコーヒーを飲み、映画を観て、これから遅いランチをとるところだった。
「もしよろしかったら、ご一緒にどうですか?」
「ありがとう。でもやめておきます。デートの邪魔しちゃ悪いから」
首を傾げて可愛い仕草で笑い、たまにはあの時の研修メンバーで会って飲み会でもしよう、と言って彼女は手を振り、人混みの中へと消えていく。
後ろ姿を見送って、ふと我に返ったようにエドワードは繋いだ手を、ぱっと離した。
「なんで離すの。デートなんだから、繋いでいてよ」
「何言ってんだ、ダメ!」
「手を繋いでないからデートだと思われないんだよ」
「むしろ思われたくないだろ。世間の目を考えろ、軍人のアルフォンスくん」
「むしろ僕は思われたい」
「ダメだっつーの」
たくさんの人が行き来するセントラルの街中を、二人は肩を並べて歩いて行く。
いまの彼女が良い人そうなのは分かったが、なんとなく、魚の小骨のようにどこかに引っかかった。アルフォンスは兄の全てを知っているわけではない。ずっと一緒に過ごしては来たけれど、別々に暮らしていた時期もある。たとえばいま話していた、入隊直後の半年間。兄は西方司令部で研修をし、下級兵士として入隊したアルフォンスはセントラルで訓練を受けていた。
その間に、兄に何があったのかは知らないし、一緒にあの家で暮らし始めてからも、誰と何があったのか、隠そうと思えば隠せる。
一度も気にならなかったと言えば嘘になる。兄は――いままでどれくらいの人間と、付き合ってきたのだろう?
バスルームのドアが閉められ、廊下を裸足で歩いてくる音が聞こえる。先にシャワーを浴びてパジャマに着替えていたアルフォンスは、自分の部屋を出て兄の部屋の前で風呂上がりのエドワードを出迎えた。
「兄さん」
タオルで髪を拭いていたエドワードが、アルフォンスに気付いて顔を上げる。
アルフォンスは手を伸ばして兄の腕を掴むと自分の胸に引き寄せ、小柄な体をやんわり抱いた。
「続き、しよう?」
「は? なんの?」
「今日のデートの続き」
少し湿っている肩に下ろされた長い髪を指先で梳いて、綺麗な線をえがく首筋を露わにし、唇を寄せて軽く吸った。
意味を知って、エドワードの肌がほんのりと赤く色づく。抱き合うことを匂わすだけで未だに赤くなる兄を笑いながら、舌を出して首筋を舐めたら、エドワードが肩を竦めた。
頬とこめかみにキスをして、吐息でささやく。
「……兄さんのベッドに行ってもいい?」
「日帰りか?」
「まさか。お泊り」
「昨日もオレのベッドに泊ったじゃねえかよ」
「なんなら今日は兄さんが僕のベッドに一泊する?」
返事を待たず、手を引いて自分の部屋へ連れていくと、ベッドに座らせて唇に軽いキスをした。
「兄さん、上と下、どっちがいい?」
「かっ、からかうな!」
「あはははは」
笑いながらベッドカバーの上に押し倒して、エドワードが着ているパジャマのボタンを全て外し、前をはだけさせて、手のひらで肌にゆっくり触れる。
「……体がまだ少し湿ってるね」
露わになった胸の尖端を舌で少しだけ舐めて、アルフォンスは肌に頬を擦り寄せた。胸に凭れて、エドワードの鼓動を直接耳で聞く。エドワードの手がアルフォンスの頭を優しく撫でた。
「兄さん、ぽかぽかしてて気持ちいいね」
「風呂上がりだからな」
「今日は兄さんの胸で眠りたいな」
「オレの胸で寝たら、今日のデートは終わりか? だったらこのまま寝ろ。背中とんとんしてやるから」
「冗談でしょ。夜はこれからなのに」
暫し無言で兄の胸に抱かれていたアルフォンスは、少しだけ起き上がって、兄の唇に、ちゅ、とキスをする。なんだか無性に甘えたかった。何故なのかは自分でも分かっている。あの女性――昼間偶然出会ったあの人のことが気になるからだ。いまエドワードは自分のものだけど、その前は誰かのものだったかもしれない。自由にキスをして、自由に抱きついたり抱きしめたりして、服を脱いで直接肌を触れ合わせたり―― 。
「兄さんさ」
「うん?」
「あの女の人だけど」
「あの女の人? だれだ?」
「昼間会ったあの人――シェバ? 付き合ったことある?」
「そりゃ何度もあるよ」
言い方が悪かったか、とアルフォンスは修正する。
「そうじゃなくて、彼女と付き合っていた? 『付き合っていた』っていうのは、この場合友達として付き合いがあったとかいう意味じゃなくて、恋人だった時期がある? って意味」
また勘違いされる前に先手を打って釘をさす。
急に昼間会った彼女の名前を出されて、エドワードは困惑したような表情をした。
「そういう関係じゃない、シェバは――仲が良かった、同期の一人だ」
「でもあの人の口ぶりじゃ、向こうは兄さんのことが好きだったんじゃないの? 告白くらいはされた?」
彼女の名誉のためか、エドワードはyesともnoとも言わず口を噤んだ。でもそれはつまり、告白されたということなのか。
アルフォンスが知らないことが、まだまだ兄の中にはある。
「……今は、僕だけのものだよね?」
「オレはオレだけのもんだ」
「僕の」
舌は入れずにゆっくりキスをして離れると、首筋を舐め、肌に指を這わせ始めた。
アルフォンスの舌と指先の動きに息を乱す兄の吐息を聞きながら、やはり思う。――自分以外の誰かに聞かせたんだろうか、こうやって色っぽく喘ぐのを。声を上げるのを。――乱れる肢体を。
たまたま用があって茶封筒に入れた書類を手にエドワードのところを訪れたアルフォンスは、昨日街中で出会ったあの女性の姿を見つけた。
部署の入り口のところで、事務の女の子と何か話をしている。中央司令部のこんな奥での私服姿は目立った。
「シェバさん?」
声をかけると、こちらを見た彼女は知ってる顔に出会えてほっとしたのか、安堵したような笑顔を見せた。
「こんにちは。弟さんですよね?」
「どうしたんですか、こんなところで」
「今日の夕方に帰るんだけど、その前にせっかくだからエドに会いたいと思って。私も軍人の端くれだからここまでは入れたんだけど、でもエド居ないんですって」
アルフォンスは対応していた女の子の方を見る。
「エルリック少佐、居ないんですか?」
「はい。いま、会議中でして」
「会議は何時頃まで?」
予定では二時半までです、という返事を聞いて、腕時計を見る。あと三十分くらいだ。
「じゃあ僕と一緒に、軍の食堂で時間を潰しませんかシェバさん。何か奢りますよ」
「ホント? 嬉しい。じゃあお言葉に甘えてコーヒーを奢っていただこうかな。いいですか?」
「いいですよ。お食事は ?」
「食べてきたから、お腹いっぱい」
ほら、と言ってお腹をさする屈託ない笑顔に、アルフォンスも笑顔になる。事務の女の子に言伝を頼み、二人は食堂へと向かった。
「はい、どうぞ」
セルフカウンターから受け取ってきたコーヒーをテーブルに置くと、シェバは「わーい、ありがとうございます」と喜んでいそいそと砂糖とミルクを入れた。
「弟さんは? 砂糖とミルク」
「僕はブラックで」
「まあ、シブいわねえ」
言って、ふふふと笑う。
「エドもブラックで飲むけど、時々ミルクを入れるわよね、牛乳嫌いなのに。紅茶にミルクを入れると、牛乳臭くて飲めないって言うくせに」
「ああ、そうですね」
「やっぱり同期に牛乳嫌いが一人いて、そいつも言うのよ、ミルクティは牛乳臭くて飲めないけど、コーヒーに牛乳を入れるのは飲めるって。コーヒーの香りが強くて牛乳のにおいが消えるからなんですって。牛乳嫌いの基準がわからないわー。ソフトクリームやシチューは好きだっていうのよ、そいつもエドも」
「グラタンも好きですよね」
「そうそう。不思議だわ」
コーヒーに口を付け、西方司令部のより美味しい、と息を吐く。
「兄と仲が良かったんですね」
「そうねえ。当時は同期の中で一番親しかったかも」
付き合っていたんですか、という言葉を飲み込む。エドワードは否定していたが、本当のところは分からない。だからシェバに聞きたいとふと思ったのだが、さすがに不躾な気がした。お茶に誘ったのも別に聞き出そうとしたからではない、このまま彼女からは何も聞かずにいよう、と決めたとき、シェバがくすくすと笑いだした。
「お兄さんとの仲がどんなだったのか、もっと詳しく聞きたいって顔してる」
「えっ」
「う・そ」
「……」
「聞きたいのかなあ、とカマをかけただけ」
「…一応言っておきますが、聞きたくてあなたを誘ったわけじゃありませんよ」
「うん、わかってる。――弟さん、モテるでしょう。いい男だし、親切だし、そんなに若いのに少佐だし」
肩章を見て階級を知ったらしい。返事に困っていると、シェバはまたコーヒーを口にして一息ついた。
「エドもね、モテたのよ。ちょっと小柄だけどカッコイイし、有名な国家錬金術師だし、研修期間が終われば中央で少佐になるのが決まってたし。超エリートだもの。ノーブレスオブリージュってわけじゃないだろうけど、面倒見が良くていつも人より苦労してみんなを引っ張ってた。頼りになる強さを兼ね揃えてる男ってなかなかいないから、本人は気付いてないみたいだったけど、水面下では中央に戻る前になんとかモノにしようって争奪戦が凄かったの。女も、何故か男も」
男も、と聞いてアルフォンスは眉をぴくりと動かす。
「……あなたも、その一人だったんですか?」
「エドを手に入れたいと思ってた、って意味では同じかなー。……すごく好きだったの、エドが見せてくれる、不器用な優しさが」
「付き合ってたんですか」
「付き合ってないよー。告白したけどフラれちゃった。仲間としてしか見れない、セントラルに自分を待ってくれている人がいるから、今はそういうの考えられないって」
当時セントラルに恋人がいたんだろうか? セントラルで兄を待っていた人間……誰だろう?
「私はエドと当時一番仲が良かったけど、それはつまり、言いかえれば女として見られてなかったってことだったのよね」
「いまも兄が好きですか?」
「そりゃあもちろん。でも私は、叶わない恋に後ろ髪を引かれるよりは、全力で前向きに生きる女なんだー」
えへへ、と笑う彼女がとても好ましく思えた。
「さっき言ってた、兄を手に入れようとしてた男のことですが」
「うん?」
「誰だか知ってますか」
「何人かは知ってるけど、教えない。エドに返り討ちにされたあげく、もう何年も経っているのに弟さんに報復されたら可哀想だからねー」
「さすがにしませんよ、そんな、報復だなんて」
ただチェックしておきたいだけだ。
「兄は男に対しては返り討ちにしてたんですか?」
「不届きなやつもいるからねえ。強行突破しようとしたやつを返り討ちにしてた。エド、強いから」
「……」
「お兄さんの恋愛遍歴が気になる?」
「え?」
「眉間にしわ寄せて、難しい顔してる」
真似をして、からからと彼女は笑った。
コーヒーのお替わりはいかがですかと聞いた時、何かに気付いたシェバが食堂の入り口に向かって手を振る。
「エド! ここー!」
振り返ると、会議が終わったらしいエドワードがこちらに来るのが見える。シェバの向かい側にアルフォンスが座っていたことに気付いたエドワードは、訝しげに弟を見た。
「なんでアルが一緒に居るんだ」
「兄さんに用事があったんだよ、僕も。ほら、これ」
茶封筒を手渡すと、中身を見て確認し、ああこれか、さんきゅ、とエドワードは言い、シェバの方を見る。
「余計なこと喋ってないだろうな」
「さあねえ」
「じゃあ僕は仕事に戻るよ。――シェバさん、今度セントラルに来る用事があったら、ぜひとも家に泊ってください。歓迎しますよ」
「ホント? わーい、ありがとう」
意外そうな顔をして驚く兄を残し、アルフォンスは食堂を出た。
今夜はアルフォンスの部屋で、二人は唇を合わせる。
薄青色のシーツの上に二人で戯れるように横になって、体を重ね、キスを繰り返し、パジャマ越しに体を撫でるように触って、脚を絡め、アルフォンスは昨夜のようにエドワードの胸に頭を預けた。
眼を閉じて心音を聞く。少しだけ、鼓動が速い。
「彼女はあれからどうした? 帰った?」
「シェバ?」
「うん、そう」
「30分くらい喋って帰ったよ、列車の時間があるからって。お誘いが本当ならぜひ泊って、おまえと飲み明かしたいって言ってたぞ」
「もちろん本気だよ」
「いったいなにを喋ったんだ」
「まあ、いろいろ。――兄さんのこととか」
「オレの、何を」
「いろいろ」
はっきり答えないでいると、エドワードは思案するように黙った。西方司令部での過去をあれこれ思い出しているのかもしれない。
エドワードの手がアルフォンスの背を抱いた。生身の左手が滑るように動いて、頭を撫でる。その手に陶酔となりながら、ずっと気になっていたことを聞いてみた。
「兄さんさ」
「うん?」
「いままで僕以外の人間を、こうやって、胸に抱いたことある?」
エドワードは最初意味が分からなかったのか、不思議そうに瞬いた。
「そりゃあるだろ。昨日もタマを抱いたぞ」
近所の猫の名前をあげられ、相変わらずの惚けっぷりにアルフォンスは笑う。
「そうじゃなくて」
こういう意味で、と下肢に手を這わせると、びくりとエドワードの全身を揺れた。
「なっ、な、な」
「前から気になって、聞きたいと思ってたんだよね。僕の前に付き合ってた人いる? ……その人とセックス、した?」
エドワードは動揺する。
「そ、そういうのは、思ってても聞かないのがマナーだろ」
「聞きたい。教えて? 怒らないから」
「なんでおまえが怒るんだ」
「ごめん、訂正。――過去に嫉妬したり、しないから」
「………」
「誰かを胸に抱いて、甘やかせたりした? 体を繋いだりした?」
「………」
「男は僕が初めてだよね? それとも僕以外の男としたことある? 女の子は抱いたことある?」
エドワードは黙りこむ。困ったような、怒ったような顔をして、赤くなっていた。
「……だんまり?」
「いま思い出したんだけど、オレ、そういえば仕事を残してきてたんだ。明日までやらねえと。――ということなので、実家に帰らせてください」
体を捻ってアルフォンスの下から出て行こうとするのを押し留めた。
「それでしたら、僭越ながら自分がお手伝いして差し上げますよ、少佐」
「素直に実家に帰らせろ」
「部屋に帰って一人でするの?」
「違う! 寝るの!」
「僕と一緒に寝たほうが、気持ちよく寝れるよ」
キスをして唇を塞ぎ、官能を引き出すように舌で口の中を愛撫して、抵抗する気を削いでゆく。さすがのアルフォンスも息苦しくなるほど長い間貪って、ようやく離れると、エドワードは肩で息をしてぐったりしていた。
「喋る気になった?」
「なる、か。……ますます、喋るか、と、思った」
言いたくないのは男の意地だろうか、なんて考える。アルフォンスが初めてだったと知られたくないんだろうか? それとも他の人間と性経験があったことを、今の恋人のアルフォンスには知られたくない?
ますます謎だ。探究心が刺激される。
「教えてよ、兄さん」
「嫌だ」
兄がセックスにまったく慣れていないのは間違いない。自分が兄にとって初めての人間だったら嬉しいが、もし自分以外の誰かを知っていたら――まあ別にいいけど、でもなんだかその相手が女性じゃなく男性で、しかも軍内部の人間だったりしたら――それが誰なのか、自分は捜し出したくなるんじゃないだろうか?
……やっぱり、聞かない方がいい?
もし事実が自分にとって衝撃的なことだったりしたら、とちょっと大袈裟に考えて、アルフォンスの中に躊躇いが生じる。そんな時に兄が言った。
「人間にはな、知っていいことと、知ってはいけないことがあるんだ」
エドワードも大袈裟なことを言い出し、アルフォンスの探究心は、さらに揺らぐ。
でも、知りたいという気持ちも、やっぱり拭いきれない。
「隠し事がない恋人同士っていうのにも、憧れない?」
「じゃあ聞くけどな」
急にエドワードが強気な態度に出てきた。
「そういうおまえはどうなんだよ」
「僕? なに?」
「オレが初めてなのか? オレの他に、誰かを抱いたりしなかったのかよ。えっちしたことないのかよ」
思わぬ反撃に遭い、ぐっと詰まる。――答えられない。
「えっちしたことあるなら、何人くらいとしたんだ」
暫し沈黙し、本当のことを言おうかと逡巡したが結局口にはできず、アルフォンスは無言でにっこり微笑み返した。
「ずるいぞてめぇ!」
自分のことは言えないのに人には聞くのかよ、と兄に責められるのは目に見えている。
かといって、自分の過去を振り返ると、どうしてもエドワードには本当のことは言えない。エドワードが本当のことを言えないのは何故だろう? 自分と同じ理由からだろうか? アルフォンスがショックを受けるから? ただ知られるのが恥ずかしいというだけならいいが、もし違ったら――そう考えると、兄の言うとおり、聞かない方がいいのかもしれない。というか、もし衝撃的な事実があったりしたら、聞くのが怖い。
「言ってもいいけど、おまえも言えよ! 等価交換だ!」
自分にとっての衝撃的な事実ってなんだろう? と考えて、やっぱり兄さんの初めての人間が男でしかも軍人だ、ということだろうか、なんて思う。
どっちにしろ、危険な等価交換だ。
――知らない方がいい。
誤魔化すようにアルフォンスはエドワードの唇にキスをした。
兄が抗議の声を上げたが、それをかわして夜の営みへと強引に突入する。
アルフォンスはエドワードから真実を聞き出すことを、諦めた。
かくしてエルリック家ではお互いの恋愛遍歴は聞かない、という暗黙の了解が生まれたのだった。
知らないこと
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