「アル。おまえ一応左官なんだから、あっちの左官用ロッカールーム使えばいいのに。こことは比べ物にならないほど広くて使い勝手がいーんだろ?」
「荷物が置ければそれでいいんだから、ここで十分ですよ。なんなら少尉、代わりにむこうのロッカー使います?」
ハボック少尉は、冗談、と首を竦めた。
「こっちの狭っくるしい方がオレには合ってんの」
「僕もそうです」
軍服を脱いでロッカーのハンガーに掛け、私服に着替える。
ワイシャツに袖を通そうとしたら、床に座ってロッカーに凭れながら煙草をふかしていたハボック少尉が、僕を見上げて、アレ? と声を出した。
「なんだそれ、背中の」
「え?」
身体を捻ったけれど、当然見えない。隣のフュリー曹長が僕の背中を覗きこんできた。
「何か、赤い筋があるよ、3本。引っ掻かれたような……」
そこで黙る。
他の人も覗き込んできて、僕の背中を見て、笑った。
「なんだ。大人だなぁ、アルフォンス」
「なんです?」
「爪痕だよ。いわゆる情事の痕っていうやつ」
「えっ」
手を背中にやってみたけど、届かない。どの辺だろう? 昨日のかな。
「気がつかなかった……」
呟きながらワイシャツを着てボタンを留める。お前は動じねぇなぁ、とハボック少尉が呆れた顔をした。
「もうちっと、焦るとかしろよ」
「はあ」
「相手の人、どんな女の子?」
興味津々でフュリー曹長が聞いてくる。
どうしようかちょっと迷って、綺麗な人ですよ、と僕は言った。
「綺麗っていうか、可愛いかな」
女の子じゃないけどね、と心の中で小さく補足して。
黙ってるに越したことはないけど、やっぱり僕だって自慢したい。僕が手に入れた人が、どんなに魅力的な人なのか。
「髪は? ロングか?」
そうですよ、とハボック少尉に向かって答える。
「金色の長い髪と、ヘイゼルの瞳。これがまた綺麗な色なんです」
「それは惚れた欲目がそう見せてんじゃねーの」
「違いますよ。本当にきれいなんですって。魅入ってしまうくらい」
あーはいはい、と取り合ってくれない。本当に綺麗なんだけどな。
「歳は? いくつ?」
今度はフリュー曹長に答える。
「僕より一つ上です」
おお、年上か! とそれまで聞き耳だけを立てていた周囲が急に盛り上がった。
「身長は?」
「低めですね」
「性格は? 従順な感じ? それとも勝気な感じ?」
「うーん、とても一言では……。従順でないことは確かですよ。いつも振り回されるし」
「で、そのお姉さんにはイロイロ教えてもらってるのか?」
ハボック少尉はずいぶんと楽しそうだ。
お姉さんじゃないですけど、と胸の内で呟いて、それはないですと言った。
「教えてもらうどころか、毎回嫌がられますよ。僕としては毎日でもしたいけど」
させてくれないし、あの細い腰が壊れるんじゃないかと、ちょっと怖い。
「嫌がる? なんで」
「さあ」
「おまえ、ヘタクソなんじゃねえの?」
「ちゃんと気持ちよくさせてると思うけど………下手なのかな」
フュリー曹長はちょっと赤くなって黙ってしまう。こういう話は苦手なのかもしれない。ちょっと悪い事したか、と思いつつも、これを機に、ここは人生の先輩たちの話をぜひ聞きたかった。
「向こうから誘ってきてくれることって、ないんですよね。いつも『いやだ』とか『離せ』とか言われるし…」
「がっついてちゃんと手順を踏んでないんじゃないのか?」
「やだな、そんな自分勝手じゃないですよ。ちゃんと相手のことを考えて手順踏んでます」
「ちゃんと感じてるみたいか?」
「たぶん」
もともとそういうこと苦手なのかな、としんみり溜息をつくと、いつの間にか集まってきた人たちも、みな眉をしかめる。僕が本当にそのことで悩んでいるのが伝わったのか、内容が内容でも、雰囲気は猥談というよりはシビアな悩み事相談になっていた。
みんなハボック少尉に習うようにしゃがみ込んで、怪しげな集会をしている一団のようだ。
「抵抗は? される?」
別の人が聞く。
「少しだけ。そんなに激しくはないですけど」
「言葉で抵抗してくんの? 態度で抵抗してくんの?」
「両方かな」
「アルフォンスのこと、実は好きじゃねえんじゃねえの? その彼女は」
「いやいや、それはないだろ。好きじゃないなら触らせないだろ、そもそも」
「そっか。そうだよな。結局受け入れてくれるんだから、やっぱ好きなんだろうな」
「変な格好させるとかは?」
段々具体的になってきたな……。
「させません」
「でも嫌がる格好はさせるだろ」
「…………」
「まあまあ。それは男なら仕方ないだろ。そういうおまえはさせないのかよ」
「………う……。いや、まあ……させるけどよ。たまにだぞ、たまに」
「ヘンなこと言ったり言わせたりしてるんじゃないのか、アルフォンス」
「してませんよ、そんなこと……ふつうだと思います」
ふつうかよ、と右端の先輩が笑う。その隣の先輩が、じゃあおまえは言ったり言わせたりしてねえのか? と聞くと、右端の先輩はちょっと詰まって「ふつう」と答えた。
「わっかんねえなぁ。何が原因なんだ?」
「こういうときはハボだろ、ハボ。恋愛経験だけは豊富だ。な?」
ハボック少尉はうろたえる。
「な、なんだよ。俺に聞いたってムダだぜ。女心なんか分かってたまるか!」
男心なら分かるんだろうか?
「そうだよなー。分かるんなら、おめぇフラれねぇもんなー」
「うるせえ。俺のことより今はアルだろ、アル」
うーん、と唸りながら、みんな考え込んでしまった。
「僕に問題があるのかな……」
「心当たりはあんのか?」
「ないですけど………自分で気が付いてないだけなのかも」
「あっという間に追い上げちゃうとか?」
「できるだけゆっくり、時間を掛けるようにはしてますけど……そういえば追い付いてくるのがやっと、って感じかな」
「それじゃねえ?」
「でも、どんなにゆっくりやっても『やっと』って感じなんですけど……」
「自分でそう思ってるだけ、とか。 理性飛んだりしないのか、おまえ」
「それは………します」
おまえでも理性が飛んだりすることがあるのか、と数人がどよめいた。
「そりゃ、アルだってそういうこともあんだろ」
「若いもんなぁ」
「違うって。相手の女がそれだけ妖艶だってことなんだろ。な?」
遊んでるふうな女なのかとか、物慣れてるのかとか、いやまて、それじゃ今までの話の辻褄が合わんだろ、とかいろいろ皆で言い合う。
「じゃあ、あれだな、ウブなんだな、きっと」
「快感に素直になれないとか、そういうやつか」
「あー。あるある、そういうの」
「そんなかんじか?」
みんなの視線が一斉に集まり、今度は僕が詰まった。
「た、確かにあんまり素直になれないようですけど……」
「声とかは? ちゃんと鳴いてくれんのか?」
「え、えーと、一応………。あ。でも、いつも必死で我慢してるみたい……かな?」
「勿体ぶられるとかじゃねえの? 嫌がるそぶりをわざと見せて煽ってるとか。俺の彼女がよく使う手なんだけど」
「それはないです。いつも、本当にいっぱいいっぱいみたいで」
「じゃあやっぱりウブなんだな。慣れねえんだよ」
その場の皆が、納得したようにうんうん頷く。
「………慣れないのかな…」
確かに毎回、真っ赤になるけど……。
「じゃあ慣れるようにするにはどうしたらいいんですか?」
「そりゃおめぇ、相手が慣れてくれるまで、何度もやらなきゃ」
「回数を重ねるしかねーわな」
「…………出来なくて悩んでるのに?」
しん、となり、本末転倒の結末に、またみんながうーん、と唸る。
結局「相談にのってやろう会」は結論も出ず、あやふやなまま閉会してしまった。
悩みが尽きないアルフォンスくん
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